『花椿』の思い出

資生堂のPR誌『花椿』をご存じですか?

創刊は1937年というから、企業広報誌の草分け的存在なのだろう。2015年に月刊紙としては廃刊、リニューアルを経て現在は年1回発行されている。

資生堂の化粧品を使っていないわたしがその存在を知ったのは、大学生のとき。同級生が『花椿』の表紙モデルに採用されたと噂が流れてきた。その同級生とは学科が違い、顔見知りではなかった。でも入学当初から男子の間で噂になっていたので、何となく存在は知っていた。部活で知り合った子が「同じ女子寮に入っている」というので、その寮に(覗きに)行ったこともあった。

その人、甲田益也子さんは、『花椿』には何回か登場して、卒業後はモデル業だけでなく音楽活動も。「読者が自身の美しさを探求するお手伝いをしてきた」という『花椿』のコンセプトに見合う人生を歩まれているよう。

なぜいま『花椿』かというと・・・。近所の古本屋で『花椿』のバックナンバーに出会い、甲田さんが表紙の号も含め数冊買い求めた。パラパラとページめくっていたら、その紙面に打ちのめされ、懐かしさがこみ上げてきたから。

仲條正義のデザインはいま見ても斬新で、遊び心が感じられる。PCに依らないデザインの迫力なのだろうか。手書き時代の文章は、読者に寄り添いていねいな語り口。

「何をやってもうまくいかない日があるものです。そんな日は、ふて寝なんてせずに、ゆっくりお風呂に入ったあと、お気に入りのレコードでもかけながらいつもより念入りに肌をいたわる。そして最後に鏡にむかって「明日はよろしくお願いね」と肌にまじないをかけ、ベッドに入ってみましょう。その日の肌の調子にめぐまれれば、なにごともうまくいくような気がしてならないですよね」

PCを活用し効率よく仕上げた文章やデザインとの違いを考える。「手で考えながら書く」という行為から生まれる、削ぎ落としすぎない温もりなのかもしれない、とふと思った。ああそうだった、陶芸家・河井寛次郎の「手考足思」は、わたしの座右の銘だった。原点に還れと言われたような気がした。

その後の『花椿』が気になり、最新号をオンラインで購入した。紙面をめくると、グレイヘアの甲田益也子さんが、相変わらずの美しい佇まいで存在感を放っていた。

 monthly journal / jan.2025